s43年11月25日 夜の御理解
人間は、人間を助けることのできる、そういう働きができることを有り難いと心得て信心せよという意味のことを教えておられるが、助けることのできるという、その、助ける働きというもの、それがやはりあの、自分が助かっていきよる、自分がお道の信心によって助かっていきよる、また、お道の信心、信奉者としての責任において、その、人が助かることのための奉仕をさせて頂く気になったら、有り難いことになるだろうと私は思う。
ね、今日、あの行徳、私は行徳というところにいったことはないのですけども、田主丸の田舎の方らしいですね。もう、めったに参ってみえないのですけれども、藤村さんという方が、おります。
その方が、今日あのお参りをしてみえて、あの、先生今日はあの、おかげでお参りができたというのである。それがあの、先日からあの、田主丸のむつやさんにご迷惑をかけましてから、ほんとにご迷惑かけましたっちゆうちから、そのゆわれるのです。
なにかと思ったら、その今度のえー、植林のことについての、あの、いろんな説明の用紙、あれはなんだでけとったですから、あれを持って、しげおさんか誰かが行ったらしいんです。
そして、それをこういろいろ、今度けいないに植林のことの説明をして、まぁ神様事じゃから、実意丁寧を極めたことだろうとこう思うけれども、まぁ実意丁寧説明してきた。そりゃこうしなければならん、ああして下さいというのじゃないけれども、それがそのむつやさんに来てもろうたということが、非常にうれしかったらしんですよね。
それで今日は、あの、うーん、まぁ植木のお供えせんならんと思っとったのだけれども、その植木ができんから、お金であの、献木の、献木の料としてお供えをしたいからとゆうて、今日はわざわざ持ってきたんですけれども。
うーん、これを2、3日まえマサキさんが、あー月次祭の晩でしたか、話しよったが、先月一日がかりで、大木から北野の方を、一軒、一軒ご信者さんたちがまわって、今度の植林のことについての、おー、説明をしてまわったというのです。もうみんな、どこからも喜ばれたと。ようほんとゆいて頂いた、ゆうてきてもろうたと言うて、それがマサキさんが行ったということが、大変喜ばれたとこういう。こちらの田主丸の方のほうでも、おーいわいる繁雄さんに来てもろうた、いうならばむつやさんに来てもろうたということが、非常にこう、まぁうれしかったとこう言うのですね。
まぁ菊栄会の方たちが今度、ほとんどその委員になって、その責任においてまわったわけですね。ですから、もう実意を極めての説明であり、話であり、こういうことになっとりますから、どうぞよろしゅうゆうて帰ってきたのでしょうけれども、その反響、その響きというものがですね、そのように結果が大変喜ばれて、言うなら寄進勧化を感じさせずに、しかも喜んで、まぁ皆さんがご苦労様でしたであり、おかげを頂きましたというてその、術が上がっておるようにです、例えばこれが、お導きといったようなことでもですね、ここでおかげを受けておる、ほんとにおかげを受けておる人たちがです、そういうおかげを受けておる信者であるところの責任を、を、めいめいが感じてです、人を助けることのための働きがです、実意丁寧を極めて、もし、その、おー、まぁ不信心になっておられるところにお話にいったり、または、あー、今日は月次祭ですよ、今日はなんなんの会合がありますよと言ってその、まぁすすめげ?お話に行ったりしたら、まぁ喜ばれることであろう。
そして、それが人の助かっていくことの働きになるからだろうと。人が、を助けられるということは、そういうことだと私は思うんですよ。ね、ただ、あの、聞くばかりでそういうその、自分がおかげを頂いておるというその責任においての、責任をにおいてのその、人を助けることの働きというものをしない。
それは、植林のそのことを、ね、実意丁寧に、一軒、一軒まわって説明したというようにです、信心の話をです、または、お導きをです、そういうことにやってなされたら、ね、ほんとに、誰々さんに来て、例えば、総代さんに来て頂いた。はぁー、合楽のなんなんという先生に来て頂いた。というようなことがです、もう実意を極めて、いうならば、みんながその真実にほだされる。ね、ほんとにできない信心がそこからできてくる。そこから、人が助かることの働きが、出来てくると思うですね。
そういうものが、私共には、これは信奉者一同の上に、信心にあって、お道の信心によって本当の助かりを頂いておる者の、いうなら責任においてです、人を助けることができるっていうことが、有り難いと心得て、信心しよとおっしゃる、ことになっていないのだというふうに思うですね。
ここんところをひとつ、その強引に導いてくるといったような、そういうことじゃなくてですね、言うならば、説明をするだけ。言うこと、献木をされる、されないは別としてです、こういうことになっておりますと言うて、その説明をするという、来ただけで、みんなにその喜ばれておるのですからね。
これがお導きの上においても、有り難い。いわいる、人が助かることにおいても、そういう働きをですね、えー、実際におかげを受けておる人たちが、立ち上がったら、ほんとに有り難い、よいお導きができるようになるだろうと、私は今日は思うたですけどね。どうぞ。 ハルコ